ここ数年、積極的に新聞、テレビなど様々なメディアで取り上げられている環境問題。
その甲斐あってか、国民一人一人の「環境」へ対する関心度が高まっている。
自分も昔から「エコ」に関する関心が高く、地道ながらも
「コンセントを全部引っこ抜く」
「移動はなるべく自転車で」
「買い物袋は持参する」
「食器洗い、お風呂洗いは節水を心がける」
等々の、活動をしてきた。
ポイ捨てや、毎回ビニール袋を貰う人に義憤を感じながら
自分は「環境のことを考えいてるんだぞ」という行動意識に誇りをもっていた。
そんな自分が妙に腹立たしく滑稽に見えてくる。
偽善だ、欺瞞だ、独善的だと、もう一人の自分の声が聞こえる。
環境問題が取り上げられるたびに世情を嘆き、世を憂う人たちが酷く滑稽に映る。
その時々だけに感情を左右され、大して行動も起こしていないおまえはなんなんだ?
必要以上に食し、ブランド物に憧れ、利便性を追求する循環からは到底抜け出せないだろ?
その上、「エコ」を求めるなんてはっきり言って「エゴ」だ。
俗に言う「セレブ」な人たちは、環境を考慮した、食材・車・家を選び
ロハス的なライフスタイルを一種のステイタスとし、自己満足しているが
総合的なエネルギー排出量においては、一般市民より多いと思われる。
「不都合な真実」で一世を風靡した「アル・ゴア」は
環境問題を切実に訴えながらも、月の電気代が数百万に達したり
本の内容に誤りのデータを載せたなどして非難され、メディアで見かけなくなってしまった。
真偽のほどはどうであれ、「行動」には必ず「代償」が付き纏う。
自分も含め、この世界は今「エコ」と「エゴ」の釣り合いが取れず、
ジレンマ的な状態にあると思う。
現状で「エコ」を最優先すれば、必然的に生活水準が低下する。
「エゴ」を優先すれば、地球温暖化は益々加速していく。
人類は危急存亡の危機に瀕しない限り、現在の水準を捨てることはできないと断言できる。
となれば、自ずと結論が出てくる。
ブレイクスルー的な技術革命が起こり、画期的・革新的な生活様式を確立することだ。
それこそSFアニメや小説のような世界が必要になってくるだろう。
文明を捨てざるを得ない、ターニングポイントまでに果たして間に合うかどうか・・。
それが数十年後か・・はたまた数百年後かは今は知るよりもない・・。
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